言語・文学

1 作成の背景

日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から審議依頼を受けて平成20 年(2008年)6月に「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を発足させ、検討の結果を「回答」に取りまとめ、平成22年(2010年)8月文部科学省に手交した。その中で同委員会は、学士課程教育の質を保証するためには、各分野について、「最も中核的な意味において、すべての学生が基本的に身に付けるべきことを同定し、これを教育課程編成上の参照基準として各大学に提供すること」が望ましいこと、そのような参照基準は「政治的な独立性を有し、また、人文・社会科学と自然科学の全分野を包摂している日本学術会議」が検討を引き受けることが適当との方針を打ち出し、順次設置された複数の分野別「参照基準検討分科会」で参照基準の策定作業を進めている。言語・文学分野の参照基準検討分科会は、その先頭を切って平成22 年(2010年)11月に発足し、同年12月から平成24年(2012年)7月まで延べ15回の会合を開催して審議を重ね、当該分野の参照基準原案を取りまとめた。平成24年(2012年)7月14日には公開シンポジウムを開催して原案を世に問い、多様な意見を聴取し、さらに日本学術会議の関係部・委員会の査読を経て成案を得るにいたった。ここに「言語・文学分野の参照基準」を日本学術会議の報告として発表する次第である。

2 現状および問題点

言語・文学は、今日の大学教育において重要な役割を担っているが、その領域はしばしば不明確で安定性を欠いている。言語・文学は人間の精神生活と社会生活の根底にあって、あらゆる学問と文化の生成を可能にする基盤であると同時に、それ自体が学問であるという二重性を備えており、専門教育と教養教育[1]の双方にまたがっている。実際、大学設置基準の大綱化以前を考えれば、それは一般教育の人文科学および外国語に属する学科として前期課程教育の中に確かな位置を占めていたが、大綱化を境としてその位置は失われた。また専門分野としての言語・文学は、学位に付記する専攻分野の名称が自由化されたこともあって、名称の変更あるいは新設が相次ぎ、分野としての輪郭と特性がぼやけてしまうという事態が生じた。それにも関わらず、本分野の研究と教育に携わる大学人は、言語・文学の学びには、今日の大学において重要な意義があることを確信している。その確信に立って、言語・文学分野について、その共通の「理念・哲学」を提示することを通じて、各大学が本分野の教育課程を編成する際の参考として役立つことを本参照基準は目指している。

なお、言語・文学分野という枠組みは、言語分野と文学分野を合体したものではない。文部科学省学校基本調査の学科系統分類表による「文学」は、大分類(人文科学)に所属する中分類であるが、それは狭い意味での文学ばかりでなく、語学、言語学、言語教育学、言語文化学等々の教育課程を含んでいる。このような意味での文学分野について参照基準を考えるのなら、そこに言語が本質的な契機として含まれている以上、言語・文学という枠組みで参照基準を考えた方がよい。これが、日本学術会議第一部に所属して、本分科会の立ち上げに関与した言語・文学委員会の判断であった。

3 提言等の内容

(1)言語・文学は、人間の創造性と連帯の基盤である。

言語は人間の思考と社会的営みのあらゆる局面に浸透して、その不可欠の構成要素をなしている。文学(literature) の語源的な意味は、文字と文章の読み書きの能力(リテラシー)であるが、この意味での文学は学問と文化の生成を可能にし、合意を形成するプラットフォームである。また、人間には、言葉を通じて人とつながろうとする本源的欲求がある。他者に向けて、その心に働きかけようとして発せられ・書きつけられる言葉が、言語芸術としての文学の根底にある。言語と文学は人間の連帯の基盤でもあれば、その表現でもある。

(2)言語・文学の三つの側面:言語、文学、個別言語

言語・文学の学びの主要な対象は、言語、文学、個別言語である。ことさら個別言語をあげるのは、言語能力は必ず個別言語の習得を通して実現されるものだからである。個別言語の教育・学修[2]は、一方では、対象となる言語、他方では学ぶ者と対象言語の関係を考慮して、①第一言語としての日本語、②外国語、③国際共通語としての英語に大別される。英語はもちろん重要な外国語でもあるが、グローバルな局面で文化と言語を異にする他者と協働するための手段としての英語学修は外国語のカテゴリーから切り離した方がよい。また第二言語としての日本語は、②のカテゴリーに含まれる。

(3)言語・文学を学ぶことの意義

言語・文学の学びには、言語の基本的特徴と仕組みの理解を基盤として、個別言語の高度な運用能力とりわけリテラシーの修練を通じて言語の公共的使用能力を開発増進すると共に、言語芸術としての文学を学ぶことを通じて人文的教養を身に付け、人間性と市民性の涵養に資するという意義がある。また職業生活上も多様な役割を果たすが、とりわけ初等・中等教育、さらには大学の教養教育に重要な貢献をするという意義がある。

(4)言語・文学の学びを通じて獲得すべき基本的能力は次の4点に集約される

① 第一言語としての日本語に関する高度なリテラシー

② リテラシーを踏まえた高度なコミュニケーション能力

③ リテラシーと教養を基盤とする言語の公共的使用能力

④ 実践的生活を超えた生き方へのまなざしの獲得

(5)学修方法に関する基本的な考え方

言語・文学教育の中核にある個別言語に焦点を絞って、それを第一言語としての日本語とそれ以外の個別言語(外国語と国際共通語としての英語)に二分して、それぞれの学修の基本方針を記述した。とりわけ日本語以外の言語を学ぶことについて、国際共通語と外国語では、学びの動機と目標がそれぞれ異なることに着目して、異なる学修方針を提示する共に、複数の第二言語を学ぶことの重要性を強調した。

(6)評価方法に関する基本的な考え方

評価は、学修の達成度・成果に関わると同時に、他方では、学修のプロセスに関わり、学生の成長を促す役割があることを指摘した。その上で、とりわけ個別言語の運用能力の評価について基本的な方針を掲げた。


[1]ここでは「教養教育」という語を、便宜的に、大綱化以前の「一般教育科目」、「外国語科目」、「保健体育科目」を包摂するものとして用いている。

[2]ここでは「学修」という語を、教育現場での学び、およびその結果としての習得の意味で用いている。より広い一般的な学習行為については、原則として「学び」の語を用いる。