経済学

1 作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から学術会議会長宛に「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年(平成22年)7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、経済学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

2 報告の概要

(1)経済学の定義

経済学は、社会における経済活動の在り方を研究する学問であり、人々の幸福の達成に必要な物資(モノ)や労働(サービス)の利用及びその権利の配分における個人や社会の活動を分析するとともに、幸福の意味やそれを実現するための制度的仕組みを検討し、望ましい政策的対応の在り方を考える学問領域である。

(2)経済学に固有の特性

経済学のアプローチは多様であるが、多くの場合、経済問題の本質的な要素を抽出し、操作可能なモデルを構築し、それを分析することで問題解決の手掛かりとする。多くの経済変数が数値データとして表されることから、論理的・数学的に仮説を立ててそれを検証するという手法がとられることが多い。経済学では研究の対象自体は変化し続けている。そのため、対象となる問題の背景にある歴史や社会制度を理解するために、制度的・歴史的アプローチを活用することも有用である。

(3)経済学を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

① 経済学の学びを通じて獲得すべき基本的な知識と理解

ほとんどすべての社会人は日常生活において経済活動を行っており、経済活動の仕組みや市場の役割を理解し、経済政策や制度の当否を判断できるようになることが必要である。また職業人として社会で活躍することが期待されることから、自らの業務との関連で経済社会の仕組みや経済制度・経済政策の意義をその歴史的背景を含めて理解していることで、業務上の的確な判断ができるようになることが望ましい。

経済学の基本的な概念には、経済を対象にするだけではなく、日常生活の意思決定や職業人としての活動に役立たせることができるようなより一般性を持つものがある。

② 経済学の学びを通じて獲得すべき基本的な能力

経済学を学ぶことを通じて、抽象的思考、演繹・帰納的思考、数量的スキルなどの経済学に固有な能力や、論理的・批判的思考能力、情報収集能力、数値データの理解・活用、コミュニケーション能力などのより一般的な能力が培われる。

(4)学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

経済学を学ぶ学生の学力水準や目指す進路は多様である。すべての学生が最低限必要とする知識の習得のための基本的な教育に加えて、学生の能力に合わせた教育や目的意識に沿った教育を提供していく必要がある。講義と演習、卒業論文や卒業研究を組み合わせる教育方法が一般的であると考えられるが、学修者に対して多様な学びと評価の方法を提供し、それらを組み合わせることが有益である。

(5)市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育の関わり

グローバル化や情報化をはじめ、現代社会には多様で膨大な社会問題が存在する。これらの全体像を知りそれに対処するためには、文系・理系を含めた様々な専門分野を学んだ人々の協働が必要不可欠である。そのためには、経済学を学んだ者には、その素養を持たない者に対して適切な知識や理解を説明できる能力とコミュニケーション能力が求められる。他方、他分野の学生が教養教育として学ぶ際には、市民性の涵養のため市場メカニズムの意義と限界、経済政策の役割と限界を理解させることも重要である。

(6)経済学分野の学士課程と数学・統計学

経済学では数学と統計学を多用する。しかし経済学は文系科目とされているため入試科目から数学を外す大学も多く、高校時代に数学を勉強してこなかった学生も多くみられるなど、数学・統計学の取り扱いは大きな課題である。経済学で数学を多用するのは、複雑な問題を抽象化して一定の法則を見出すために、数学を使うことが有用だからである。しかし、経済学教育において数学や統計学の比重を無用に高めることは、かえって経済学に関心を持ったはずの学生を失うことにつながりかねない。用いられる数学・統計学の水準は、学生の能力や興味の度合い、科目の性質などに依存して判断されるべきである。