社会学

作成の背景

2008年4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から学術会議会長宛に、「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。このため、日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。社会学分野においても、2013年7月に設置された「社会学分野の参照基準検討分科会」において審議を進めてきた。今般、社会学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

報告の概要

(1)社会学の定義

社会学は、「社会についての学問」であり、「社会とは何か」という問いに答えるかたちで展開してきた。社会とは、人々の生活が織りなされる場であり、個人の行為が蓄積されて生成する空間である。社会学は、人々が織りなすこのような社会現象を調査によって収集した事実に基づいて経験的に明らかにする実証的学問である。と同時に、様々な社会現象を、社会的行為、社会関係、社会集団、社会構造、社会変動、全体社会等の鍵概念を用いて説明しようとする理論的学問である。さらに、社会学は分析的なレベルと規範的なレベルでの研究から成りたつ。ある社会現象が私たちにとって望ましくないと判断した場合には、それを改善・改良あるいは変革する方法を構想する実践的・政策的な学問である。社会学という学問自体が社会に働きかけ、社会に働きかけられながら、社会の中に存在しているということに自覚的な自己反省的学問である。

(2)社会学固有の特性

社会学は以下のような固有な特性を有している。

①「社会」の発見―相対化と距離化

自らがその一員として利害関係を持つ社会からいったん距離をとって、社会を対象化・相対化して認識しようとする態度が、社会学の学問としての特性の根幹をなす。「社会」からの距離のとり方には、時間的距離と空間的距離の二つがある。時間軸では、歴史的視点から現在を見る方法がある。自らが渦中にいる社会の変動を、時間軸のうえで距離をとって観察・認識することである。また、自らが所属する社会を、空間軸という足場を拠り所にし、同時代に存在する別の社会と比較することは、所属する社会で共有されている自明性を遮断し、別の社会の地点から所属する自分の社会を観察する想像力をもつことで自らの社会への新しい認識を可能にする。

②調査と理論-社会学の二つの道具

社会学は、個別事例への質的調査と、大量観察にもとづく経験的一般化という量的調査をともに重視してきた。社会学における理論は、これらの質的調査や量的調査によって経験的にとらえられた事実をもとに、それを理解する考え方の枠組みやモデルを、厳密に定義された概念を用い、論理的に整合的に構築したものである。いわば、社会学において、調査と理論は社会的現実を理解するための車の両輪である。

③社会学の現在性-実践としての社会学

社会学は、現在自分が属している社会への問いの出発点として、社会に関する認識を獲得する。つまり様々に距離をとることによって得られる社会認識はつねに、「現代社会の問題」を考えることに関わっている。社会学は、社会に関する認識を獲得した自己が、現在の現場や問題とどのようにかかわることができるのかを問い続けるという、実践的かつ自己反省的な性格をもっている。

④他の学問領域との相違と協働

社会学は、他の社会科学・人文科学、自然科学などとの間に、それぞれ共通性と差異を持ち、また様々な協働に開かれている。とりわけ、人間の諸行為から出発し総合的に「社会」をとらえようとする社会学は、その調査手法とともに、複合的で大規模な災害や事件等の社会現象の領域横断的な問題解明においてその特性を発揮する。

⑤社会学の二重性―専門分化と市民性

社会学は、制度化や専門分化などによる学問としての深化と同時に、市民性に対する鋭敏な感覚を繰り返し取り戻すことを必要とする。学問としての専門化と個々人のリアルな生活や価値の相対性、自らの社会的立場への反省性を深めること、こうした二つの焦点を常に持つのが、社会学のきわだった特徴である。

(3)社会学を学ぶすべての学生が身につけることを目指すべき基本的な素養

①社会学の学びを通して獲得すべき基本的な知識と理解

社会学では、これまでの社会学的営みにおいて蓄積されてきた概念や理論枠組み、社会現象を経験的に調査する方法についての基本的な知識と理解を基礎として、以下のように多様な社会領域についての具体的知識を学ぶことができる。すなわち、相互行為・家族と親密性・ジェンダーとセクシュアリティ・労働や消費などの経済活動・人間活動と自然環境・医療・福祉・教育・逸脱行動・階層・階級・都市や農村等の地域社会・グローバリゼーションとエスニシティ・文化・表象・宗教・メディア・情報・コミュニケーション・社会運動・国家・政治・権力など、の社会領域である。

②社会学の学びを通じて獲得するべき基本的能力

社会学の分野に固有の能力には、問題を発見する能力、多様性を理解する能力、実証的調査を行う能力、理論的に思考する能力、社会を構想し提言する能力が挙げられる。ジェネリックスキルとしては、社会の成員として自己を理解する能力、他者に対して寛容な態度を持つ能力、根拠を持った論理的な主張をして人を説得する能力、グループで作業する能力とコミットメント、情報リテラシーとプレゼンテーション能力、自分が得た知識や価値観を反省し相対化する能力等があげられる。

(4)学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

社会学部・社会学科等、社会学を中心とした教育組織における学修方法と、教養科目としての社会学学修、社会学部・社会学科以外での社会学学修に分けて、それぞれ学修方法を工夫するべきである。評価は、基本的能力に照らして、複数の評価対象、複数の評価方法の組み合わせを考えるべきである。具体的には、論述式・客観式筆記試験、レポート、ディスカッション発言状況、調査報告書あるいは調査報告レポート等がある。

(5)市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育との関わり

社会学と市民性の涵養に関しては、社会学部社会学科における専門教育としての社会学、教養教育としての社会学、他の分野を専門にする学生たちへの社会学等、それぞれの固有性がある。とはいえそのいずれにおいても、社会の多様性や、社会規範が絶対的なものではなく歴史的・社会的文脈に応じて変化する相対的なものであることを理解すること等を通じて、他者への寛容性が養われる。