機械工学

1 作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から学術会議会長宛に、「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年(平成22年) 7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、機械工学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

2 報告の概要

(1)機械工学の定義

機械工学は、外部から与えられたエネルギーや情報などを有用な機能(運動、力、情報など)に変換する働きを有する機械に関わる自然科学とその設計に関わる科学から構成される学問である。その認識科学としての基盤学術は「力学」であり、設計科学は個々の要素を統合して全体として調和のとれた機能を引き出すために必要である。また、機械工学は、多様な機能を対象とすることから他の多くの自然科学分野との密接な関連を有するとともに、人間生活や社会において基礎知識・知恵となる学問であるため人文・社会科学を含むあらゆる分野との協働が大切である。

(2)機械工学に固有の役割と特性

機械工学の役割は、自然を構成する基本的な法則の一部である力学の体系的な知識を獲得することと、その知識を使って環境的・資源的制約や経済性などを考慮しつつ、安全安心で人間の夢や希望に応えられる機械技術の具体的方策を提示することである。現時点の知識から設計・製作に関する実現性や安全性に関する知恵を技術者に供給することも、機械工学の役割である。

機械工学が認識科学において基盤とする「力学」は多様なスケールや現象に及ぶ。伝統的に質点や固体の運動、固体の強度、流体の力学、熱に関する力学(熱学)といった基本ディシプリンがある。また、認識科学を具体的な設計に組み込む方法論として、系の制御、効果の最適化、生産計画などの設計科学が重要な基盤として機械工学に含まれる。機械工学の学びとしては、認識科学を中心に設計科学の理解に進むアプローチ、設計科学を中心に認識科学の理解に進むアプローチ、実践的技術を中心に機械工学の学術基盤全体の理解に進むアプローチがある。

(3)機械工学を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

① 機械工学の学びを通じて獲得すべき基本的な知識と理解

機械工学を学ぶ者は、機械に関連する自然科学の基盤(物理学や数学に関する基礎知識)に加えて、機械工学の目的に沿って体系化された力学、設計・制御に関する基礎的な知識と理解が求められる。また、関連する基礎科学および学際分野に興味を持ち、それらの核となる知恵を総合的かつ俯瞰的な視点から理解しておくことが望まれる。ここで、主体的な視点を持って積極的にその学術を学び取る勉学の意欲が重要である。なお、機械は現代社会の在り方や個人の生活に深く関わっているがゆえに、機械に関する学術を学ぶ者は、機械技術が社会や個人生活の持続性や発展性に重大な責任を担っていることを認識しなければならない。

② 機械工学の学びを通じて獲得すべき基本的な能力

機械工学の対象である機械の機能は多彩であり、その勉学内容や勉学方法も多様であるが、機械工学の勉学を通じて獲得される具体的能力には基本的な共通性がある。それは、機械工学の体系的知識を踏まえた論理的な問題設定能力、機械工学の体系的知識に基づく分析的な問題解決能力、機械工学の体系的知識に基づいた類推による他分野の理解能力、個々の知識を応用・総合し、制約条件の下で所定の機能を実現する能力、機械工学の体系的知識を踏まえた論理的でごまかしのない明快な説明能力、と整理することができる。また、機械工学の勉学の過程を経て科学的なものの考え方を身に付けることができる。

(4)勉学方法および勉学成果の評価方法に関する基本的な考え方

機械工学を学ぶための勉学方法は、主に、講義、実験、演習、実習、課題研究がある。内容が多様であることから、目的に応じて選択や重み付けをするなど、有機的に組み合わせることが有益である。評価対象については、演繹的能力、帰納的能力、基礎知識に関するリテラシー、問題発見・分析・解決能力、コミュニケーション能力などがあるが、それぞれの教育内容・教育方法および個々の勉学者の状況に即して、多様で柔軟な評価方法がとられる必要がある。

(5)専門性と市民性を兼備するための教養教育

機械は、単なる生活の利便性をもたらすものではなく、社会や人間の価値観にまで深い繋がりを持つものである。また、大規模・複雑化する技術のリスクとベネフィットを分析・認識することも大切である。専門知識と同時に広い教養を身に付けることが、技術的・社会的課題に対する的確な洞察力と解決への実行力を与える。