数理科学

作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から日本学術会議会長宛に「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年(平成22年)7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」[1]を取りまとめ、同年8月に文部科学省高等教育局長に手交した。 

同回答において日本学術会議は、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、数理科学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。 

ちなみに、日本のものと多少異なるが、英国でも分野別の参照基準を作成している([2]、[3]参照)。 

報告の概要

当報告の各章の概要は次のようになっている。

(1)はじめに

まず、「数学」と「数理科学」という言葉が当報告でどのような意味で使われているかについて記述した。また、回答[1]で触れられなかった数理科学の教養教育について、当報告に数理科学者の意見を書いていることを注意した。さらに、初等・中等教育の数学教員養成を行っている学科や、数理科学と情報科学の双方を教える学科での参照基準の使い方などについて記述した。

(2)数理科学の定義

数学は数千年に及ぶ歴史を持つ学問であるが、近代になり進歩を加速し、統計学、応用数理、計算機科学などの新しい学問分野を生んできた。そこで、歴史にしたがって、数学がどのようにして生まれ、その範囲をどのようにして拡大してきたかを要約した。その上で、当報告で考察する数理科学という分野は、数学、統計学、応用数理を中心とした学問分野であり、数学教育や数学史などの境界分野も含むが、情報科学は含めないこととした。

(3)数理科学に固有の特性

数理科学が科学と技術の基盤となっていること、数理科学の学修が論理力・理解力・発想力を育てるのに役立つことなどを指摘した上で、数理科学の主要分野である数学、統計学、応用数理の各分野の特性について述べた。また、数理科学の歴史と現状から見た日本の数理科学の特徴を検討した上で、日本では数理科学が科学と技術の基盤であるという認識が不十分であること、数理科学の研究者が不足していること、統計学科がないことなどを指摘した。

(4)数理科学分野を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

数理科学の固有の特性を踏まえて、数理科学の学びを通じて獲得すべき基本的な知識・理解と、数理科学の学修を通じて獲得される専門的能力とジェネリックスキル、及び、これら能力の持つ職業上の意義について述べた。

(5)学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

数理科学の学修は、知識を獲得するための講義、獲得した知識を実質化するための演習(または実習)、小人数で学修するセミナーの三つの方法により行われる。これらについて、専門基礎教育、基礎的知識をつけるための専門教育、特定の分野について深く学修する専門教育の三段階に分けて、学修方法と評価方法をどのようにすべきかについて述べた。しかし、重複を避けるため、専門基礎教育についての詳細は第7章に譲った。 

(6)市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育の関わり 

市民が正しい判断を行うためには、データに基づき物事を量的に把握することが必要不可欠であるが、そのような能力の涵養において、数理科学教育が果たす役割は大きい。その他、数理科学教育は、市民として正しい判断を行うために必要不可欠な、論理力・発想力・理解力などを養うためにも重要である。これらについて、市民性の涵養と数理科学教育、数理科学と教養教育の二つの視点から述べた。

(7)専門基礎教育及び教養教育としての数理科学教育

多くの分野において数理科学教育が行われている現状に照らし、数理科学を専門分野で使う準備としての数理科学教育と、数理的感覚などを育成する数理科学教育に分けて、数理科学教育の学修方法と評価方法について述べた。

専門基礎教育については、講義を概ね正しく理解するだけではなく、計算ができることが必要であり、講義で学んだことを実質化するためには問題演習が必要不可欠であり、評価は記述式ペーパー・テストで行うのが良いことを指摘した。その他、人文・社会科学分野で統計教育を行う必要性を指摘した。