家政学

1 はじめに

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から日本学術会議会長宛に、「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」[1]と題する依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」[2]を設置して審議を重ね、2010 年(平成22 年) 7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、家政学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

2 家政学の定義

(1)家政学の定義

家政学は、人間生活における人と環境との相互作用について、人的・物的両面から研究し、生活の質の向上と人類の福祉に貢献する実践的総合科学である。

すなわち人の暮らしや生き方は、社会を構成する最も基盤となる部分であることから、すべての人が精神的な充足感のある質の高い生活を維持し、生き甲斐を持って人生を全うするための方策を、生活者の視点に立って考察し、提案することを目的としている。

(2)家政学の諸領域

家政学は、①食べることに関する領域、②被服をまとうことに関する領域、③住まうことに関する領域、④子どもを産み育てることに関する領域、⑤家庭生活を営み社会の中で生きることに関する領域などの広範な諸領域から成り立っている。人の暮らしに関わる広範な学科目を有し、隣接するまたは基礎となる多種類の自然科学、社会科学および人文科学の学問領域に立脚している。

人の暮らしは上記の4領域に属する生活行動を組み合わせつつ、1日という限られた時間の中で営まれ、日々繰り返しながら年月を重ねて行く。そのため、各領域に属する広範な諸行為を適正な判断の下に総合して捉えることが重要である。

3 家政学固有の特性

(1)家政学に固有な視点

家政学は人間生活における人と環境との相互作用を対象としている。本来、人も環境も静止しているものではなく、人と人、人と物、さらに、人とそれらを取り巻く環境とが相互に複雑に関連しながら変動している。

人は、生まれ、育ち、学び、仕事をし、遊び、創り、次世代を育て、命がつきるまで社会の中で生きる。すべての人が社会の最小単位である生活の場を形成し、自然環境や社会環境と共生しながら人間として自立して生きていくための知識や技術を研究し、提案する学問分野が家政学である。その固有の視点は、次の3つにまとめられる。

第一は、常に変化する人と環境との関係が研究対象であるという視点である。

第二は、変化するものとの関係の中で人間生活の本質的な価値は普遍的であるという視点である。

第三は、人そのものに視点を置き生活の質の向上や持続可能な社会を実現するという視点である。

(2)方法論における独自性

総合的視点を持つ家政学を特徴づける方法論の独自性として学際的方法と実践的方法とが挙げられる。家政学の体系を為す研究領域は、広範であり、さらにそれらに隣接するまたは基礎となる人文科学・社会科学・自然科学などの多くの諸科学の存在がある。多様な側面を持つ生活を考察・提案し、多種多様な学問分野の発展と連動して最新の研究成果を熟知し深化させるためには学際的方法が必要である。

また、課題を実態調査、疫学調査、介入試験などの実践的な研究方法で実証することにより、家政学の研究は現実に質の高い生活に貢献し得る生きた理論となり、家庭や地域の生活の向上に寄与することができる。

(3)家政学の役割

生活を総体的に認識し、人と環境に関連する多様な分野での研究成果を生かしながら人と環境との俯瞰的研究をする家政学の総合性は、最適で持続可能な生活を達成するという目的と相まって、社会の多くの側面に影響を与える可能性を持つ。家政学の研究による成果が他の諸科学にも応用され、広く実践されることは、社会全体の生活の質の向上に寄与することになる。このような家政学の役割は、①生活の質の向上を目指す実践と提言、②教育と福祉の向上への貢献、③質が高く持続可能な社会構造の実現の3つにまとめられる。

4 家政学を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

(1)家政学分野の学びを通して獲得すべき基本的な知識と理解

家政学で学ぶ領域は、食物、被服、住居、児童、家庭経営からなる。人間の生活を理解するためには広範囲にわたる知見を総合することが求められる。そのため、学士課程で家政学を学ぶ学生が学修する基本的知識と理解は、まず①5 領域の基本的知識を学び、それらを統合しグローバルな視点から人間生活の構造や基本事項を理解することである。さらに、②それぞれの領域の専門的知識を深めて理解することが求められる。このことにより、より深く生活の在り方を理解し、専門的な職業の道へ繋ぐことができるようになる。

また、家政学が実践的総合科学であることから、実践的・体験的な学修をすることで知識を具現化する技術を理解することができる、と同時に、体験を通して生活の場での実践意欲を持つことができる。

(2)家政学分野の学びを通して獲得すべき基本的な能力

家政学を学修した学生は、人間の生活を構成している、人と人、人と物、人とそれらを取り巻く環境などを、個人やコミュニティおよびグロ-バルな視点から理解し、生活の質の向上や人類の福祉について考察し説明できるようになる。したがって獲得すべき基本的能力は、人の生き方・暮らし方を選択する能力、社会の変化に対応して生活を組み立てる能力、次世代や他者の生活を支援する能力、生活に関する専門職に就く能力などである。

家政学では、生活の諸問題を取り扱い、課題を発見し周辺の条件を勘案して問題を科学的に解決する能力を身に付けていること、生活上の円満な人間関係や他者に対する生活上の助言などについても学修していることから、家政学を学修した者の社会生活におけるジェネリックスキルとしては次のようなものが挙げられる。円満な人間関係を築き、他者と協同し調整能力を発揮できること、また、社会の問題を発見し洞察力を持って解決できること、各種の多様な情報を客観的かつ理論的に理解し判断して行動できることなどである。

5 学修方法および学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

家政学は、人間の生活を対象とした学問であることから、教育方法も理論的知識の教育と実践的な教育が同等の位置付けにある。食物、被服、住居、児童、家庭経営など多くの領域において、学修成果を上げるために、①講義形式②演習形式③実験・実習形式(教育実習や臨地実習を含む) ④卒業研究・卒業論文の作成など様々な教育方法がとられている。

家政学における学修成果の評価方法は、それぞれの領域の教育目標、知識のレベル、教育方法などにより異なっており、多様で柔軟な評価方法をとることが大切である。

6 市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育の関わり

家政学を学ぶことによって社会の基盤である個々人の生活の質の向上に貢献できるとともに、社会全体の発展やグローバルな問題についても生活に基盤を置く地道な視点で考察することができる。家政学の基礎として幅広い知識と人間性が必要とされることから、家政学を学ぶものは教養教育において自然科学系、社会科学系、人文科学系など広範な分野の基礎知識を学ぶことが特に重要である。

一方、家政学が専門分野として設置されていない大学においては、これからの生活について考える機会として、大学の教養教育の一つに、質の高い生活の創造、家庭および社会生活でのコミュニケーション能力の育成、人間生活と自然との共存、生活に関わる社会システムの理解、という観点を含む、家政学に関する教養科目を導入することが望ましい。

7 家政学を学修して取得できる主な資格

家政学を学修し、各領域を深めることにより、各種の資格(国家資格、公的資格、任用資格、民間資格)を取得することが可能である。各領域を深めることにより取得できるもしくは受験資格を取得できる主な国家資格は、中・高等学校家庭科教諭免許、小学校教諭免許、幼稚園教諭免許、保育士、栄養士、管理栄養士、栄養教諭免許、建築士などがある。