地理学

1 作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から日本学術会議会長宛に、「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2009年(平成22年)7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、地理学分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

2 報告の概要

(1)地理学の定義

地理学は、地表面の様々な自然事象・人文事象の状態およびそれらの相互関係を複合的総合的な視点から考察する学問で、自然事象、人文事象、特定の地域の地域性のいずれの解明に重点をおくかによって自然地理学、人文地理学、地誌学(地域地理学)に大きく分けることができる。

地理学は、古くから、地球上の様々な地域や場所についての情報を多様な視点から総合的に収集、整理、記述、分析、解釈、表現して、社会に伝えてきた。現代においては、そうして得られた地理学の知見を、環境保全、防災・減災、地域の持続可能な開発、社会的公正などに役立てることが地理学の研究教育における重要な目的となっている。

(2)地理学に固有の特性

地理学に固有の視点の一つは、地表空間上での諸事象の多様性への関心であり、それが生じる原因を説明している。また、多元的な空間スケールで様々な地域事象を把握し、地域的多様性の生じる原因を説明していく中で、地理学は人類社会と地表空間の関わり合いの解明を導いている。そのために地理学が伝統的に重視してきたアプローチには、フィールドワークに基づく現場主義のアプローチと、地表空間上の諸事象を地図化するアプローチとがあり、今日では地理情報システム(GIS)の活用がなされている。そして、こうして把握された事象を説明する際にも、多様なアプローチが認められる。

(3)地理学を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき基本的な素養

地理学の領域は広大であるが、学生が身に付けるべき基本的な知識と理解は大きく二つからなる。一つは地域の概念および特性(場所、空間、環境、景観など)に関する知識である。これは、①地域の概念・原理に関する知識、②地域の自然的特性・人文的特性に関する一般的知識、③日本をはじめ世界各地の地域特性に関する知識などからなる。

他の一つは、地域調査に関する技法である。これには、①フィールドでの実習などから得られる観察・観測・聞き取り・アンケート・計測に関わる技法と役所や企業での資料収集手法、②地域統計分析の演習などから得られる統計処理に関する手法、③地図学や測量学、オープンデータを利活用したGIS などから得られる地図、空間分析に関する手法などが含まれる。

(4)学修方法および学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

地球環境から地域社会に至るまで、様々なスケールについての基礎的知識の獲得を可能にする地理学の学修は、講義、実習・演習、講読、フィールドワーク、卒業論文などからなる。評価にあたっては、幅広い知識の獲得や体系的な理解に到達するまでの段階的学修の達成状況を加味した、多面的で柔軟性を持った評価方法が重要である。

(5)広範な関連分野を持つ地理学専門教育と教養教育との関わり

地理学は、これまでも文理統合の学問としての特徴を活かし、地理学固有の空間的な差異を相対化できる能力の獲得を基本として、隣接分野を参照しながら発展してきた。今後は、それらに加え社会の諸制度に関する基礎的知識を地域の現場で実践的に修得すること、情報社会に対応してGISなどを用いた情報整理や情報処理・分析の能力、そうした情報をより的確に伝えるプレゼンテーション能力など、地理学を活かす多彩な実践的教養・技能の伸長にも取り組む姿勢が求められる。

他方、教養教育としての地理教育、あるいは市民的教養としての地理学は、様々な空間的スケールでの地域理解と市民性涵養、GISを利活用したオープンデータなどを含む実践的問題解決能力を醸成する上で高い有効性を維持している。そこでは地域の概念や多様な地域性の理解などの基本的知識や、フィールドワークや地図、GISに関する技能のほか、こうした基本的知識・技能を十分に活用するための空間スケールや地域性などの空間的な差異を相対化できる能力の獲得が共通して求められる。

(6)地理学と教員養成

近代教育が開始されて以来、地理教育は学校教育の目的達成に大きく寄与してきた。その基底には、地理学の研究成果を十分に理解・修得した教員の存在があり、その貢献は今日まで続いている。文理統合の地理学の特性を活かした教員養成を実現するには、大学において持続可能な発展のための教育(ESD)を実践できる教育内容や指導法の教授、地球環境問題教材、自然観・環境観教材、自然災害・防災教材など、「自然と人間との関係」を効果的に教えるための教材開発能力の育成、そしてこれらの能力育成に不可欠な、地域調査やオープンデータを利活用したGISに関する技能の育成など、校種を越えた教員養成が求められる。