地球惑星科学

1 作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する会長宛ての依頼を受けた。このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年(平成22年)7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための手法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では、回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、地球惑星科学の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。なお本文中の下線を付した専門用語については末尾に簡単な解説を付した。

2 報告の概要

(1)地球惑星科学の定義

地球惑星科学は、地球ならびに太陽系内及び系外惑星の形成と進化を探求し、また地球惑星システムの変動を予測する学問である。とりわけ地球の構造、テクトニクス、化学的進化や物質進化、そして生物進化の研究を通じて人類の拠って来る所以を解明し、大気・海洋や地球深部と表層、電磁圏や惑星等を対象とした種々の研究活動を通じて人類の置かれている環境の営み、及びそれと人類との関わりを考察し、人類の将来に対する指針と展望を与える総合科学である。

(2)地球惑星科学固有の特性

地球惑星科学の固有性は、多様な時空間スケールの中で生起する再現不可能な地球惑星の諸現象を対象とすることにある。地球惑星科学は他の全ての自然科学を基礎としながら、それらにはない固有の概念と視点を有している。地球惑星科学に固有の概念として、「成因」、「進化」、「空間構造」、「予測・予報」等があり、固有の視点として、「時間」及び「時間変化」、「空間」及び「空間変化」がある。研究対象の豊饒な多様性は方法論の多様性を生み、地球惑星科学の方法論はあらゆる自然科学の方法論を包含しつつ、独自の方法論を常に生みだしている。加えて地球惑星科学は多方面で社会的要請の強い学問でもある。資源・エネルギー問題や地球環境問題等は、その典型であるが、災害科学としても自然災害の軽減・予報において地球惑星科学が果たすべき役割は大きい。

(3)地球惑星科学を学ぶ学生が身に付けるべき素養

地球惑星科学を学修した者は、地球と惑星の成立の過程と現在の様態についての最新の知見を有し、生命と人類がこの地球で生まれ、発展してきた進化の歴史について正しい知識を修得している。そして現在の地球で進行しているさまざまな環境問題やエネルギー問題、自然災害等の諸問題についての科学的理解と思考を深め、それらの解決に向けた取り組みに貢献することの重要性を認識しているであろう。

地球惑星科学を学んだ者が身に付ける専門的能力としては、社会が直面している地球環境に関するさまざまな課題を、地球や惑星の自然的営みに関する正しい科学的知見に基づいて、自然現象と人間活動の調和の観点から考察し、あるべき方向性や適切な対応を考え、行動できる能力が挙げられる。

(4)学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

地球惑星科学においては、観察や観測が重視され、そのためのフィールドワークがきわめて重要な学修方法となっている。加えて他の自然科学と同様に実験・実習・演習が重要な教育方法である。各種の機器を用いた先端的化学分析や高温高圧実験、計算機を用いたデータ整備・解析及び数値シミュレーションの演習等の重要性が増している。また卒業研究やそれに相当する演習は、課題設定から論文(レポート)作成に至るまでの過程を自らデザインする能力を養い、学生の学力と研究に対する姿勢を飛躍的に向上させる学修方法として重要である。

(5)市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育の関わり

地球惑星科学は、地球環境問題等市民生活に直結した課題を抱えることから、市民集団の形成に貢献しうる学問分野の一つである。地球惑星科学は、自然科学のほぼすべての分野をその基礎として成り立つ総合自然科学であることから、教養教育において数学、物理学、化学、生物学等の確固とした基礎を学んでおくことが必要である。また防災や地球環境・エネルギー問題等との関連において、人文・社会科学の諸分野についての基礎知識を獲得しておくことも重要である。その一方、地球惑星科学がそれ自身、教養科目として重要な意味を有していることは論をまたない。