地域研究

1 作成の背景

2008年(平成20年)4月、日本学術会議は、文部科学省高等教育局長から学術会議会長宛に「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議について」と題する依頼を受けた。

このため日本学術会議は、同年6月に課題別委員会「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を設置して審議を重ね、2010年(平成22年)7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した。

同回答においては、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案している。日本学術会議では回答の手交後、引き続きいくつかの分野に関して参照基準の策定を進めてきたが、今般、地域研究分野の参照基準が取りまとめられたことから、同分野に関連する教育課程を開設している大学をはじめとして各方面で利用していただけるよう、ここに公表するものである。

2 地域研究の定義

地域研究とは、地球社会を構成している様々な地域を研究し、その固有性や特性を総合的に把握することをめざして、地球社会の多様なあり方を理解しようとする専門的な学問領域である。ある特定の地域を舞台に織り成される自然と人間界の動態を複合的にとらえる地域研究は、とりわけグローバル化を深めつつある現代の世界について、認識・知識情報を深め、異文化間の相互理解と共存を推進する上で欠くことのできない学問であり、領域横断的・学融合的・学際的な研究を通じて、近代知の限界性・細分化などを超えて現代的な学問的知見を発展させることを目指すものである。

3 学問的・教育的特性

このことは地域研究が提起する3つの重要な学問的・教育的な特性を示している。

第1には、地域社会が多様な実態・価値・慣習・秩序・制度及び環境によって成り立っているという認識による、普遍的一般性を相対化する能力、地域ごとにその地域の特徴的な体系構築を目指そうとする能力。

第2には、グローバル世界において異なる文化・価値・制度・異地域間の相互理解に基づく、多様性や差異の包摂による問題解決と実践を磨く能力。

第3には、世界の多様性は、一つのディシプリンだけでは説明が困難であることから、諸分野の連携と協働、文理融合の実践により、様々な視角から、現存する事象に対して分析・検討を試みようとする能力。

4 戦略研究から地域研究へ

地域研究(area studies, regional studies)は、近代の欧州・アメリカにおいて、未知の地域に関する情報を、政治・経済・社会・文化・慣習などを総合的に認識することによって世界認識と世界戦略の一環とする、という戦略的学問領域として発展したとされる。

これに対して、日本の地域研究は、自国の文明や社会の優越性を前提として他者を異化する外国研究の陥穽を越え、独自の多様な地域研究学として展開した。その結果、他国との間の対等かつ友好的な関係の構築や、対外関係の発展に寄与してきた。

5 普遍的事象の相対化、多様性や差異への寛容、問題解決能力

地域ごとの多様性の認識は、普遍ないし一般とは異なったものを排除するのでなく、むしろ受容・包摂しつつ真理を探究する、すなわち旧来の普遍や一般をも相対化して世界を多様性の中で再構築するという、重要な意義を持っている。

地域研究の固有の特性、多様性の認識、普遍を疑い新たな価値に基づく地域ごとの体系の模索や、グローバル世界において異なる文化・価値・制度・異地域間の相互理解に基づく多様性や差異を包摂することによる問題解決や実践能力、さらに、諸分野の連携と協働、文理融合の実践により現存する事象を分析・検討するという特徴については、2章で詳細に論じられている。

6 地域研究を学ぶすべての学生が身に着けることを目指すべき基本的な素養

地域研究を学ぶ基本的素養については、当該地域が持つ固有の意味に関する知識や理解、当該地域の人々の認識や生活を内在的に理解するために必要な言語やコミュニケーション能力に関する知識と理解、ディシプリンに関する知識と理解、さらにはそれらを学ぶための、国際社会理解、職業上の意義、市民生活上の意義など、多岐にわたる能力を磨いていく努力が求められる。

また、地域研究の学びを通じて、コミュニケーション能力、解説・批判能力、比較の視点など、広範な能力を獲得でき、さらには異文化を内在的に理解するためのジェネリックスキルを修得することができる。

7 学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

地域研究の学修は、何よりも現代世界への幅広い関心を養うことが基本であり、具体的な地域の構造や動態への理解を深めることにより、日本を含む世界を見直す契機を提供するものである。地域の問題と主体的に取り組むことにより、結果として学修前とは現代世界が違って見えるようになることが期待されている。そのためには、基礎的な知識の修得に加えて実践的な能力を高めることが必要であり、当該地域で通用している言語の修得や現地体験などが推奨される。地域研究の学修では、自由な発想と並んで問題意識を深めていくプロセスが大切であり、レポートや演習に対する適切な評価が大きな意味を持つ。ここでの評価は学生の自立的な思考を育成するためになされるべきだろう。

8 市民性の涵養をめぐる専門教育と教養教育の関わり

地域研究を学ぶことは、現実の諸課題に、問題意識を持って取り組むことにつながる。

大学学部の教育において、特定の地域を多様な視点から学び、問題を考えるという地域研究の専門教育は、市民性の涵養に重要な役割を果たす。

地域研究の教養的広がりと専門性を生かし、ローカルな視点からグローバルを展望していくこと、他方グローバルな視点から相対的にローカルな問題を再考していくことこそが、現代を生きる良き市民を育む上で重要な思考方法を提供することになろう。