化学分野

作成の背景

日本学術会議は、2010年7月に「大学教育の分野別質保証の在り方について」を取りまとめ、同年8月に文部科学省に手交した[1]。ここでは、分野別質保証のための方法として、分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することが提案された。日本学術会議では、参照基準の策定のための審議を進め[2]、化学分野については、2013年4月に日本学術会議第三部化学委員会の下に「化学分野の参照基準検討分科会」を設置し、審議を開始した。本報告は、この分科会の審議結果をまとめたものである。

報告の内容

(1)化学の定義

化学は、物質の構造・性質・反応を原子・分子レベルで理解するとともに、原子・分子を操作して物質変換や新物質合成を行う自然科学の1分野であり、原子の性質や特徴を理解し、化学結合や分子の構造、反応性を明らかにすることで発展してきた。化学が扱う状態は孤立した原子や分子のみでなく、集団状態がとる相としての固体、液体、気体などであり、混合物である溶液なども含まれる。化学は、それらの構造や性質、及び相互関係を明らかにするとともに、その統一・体系化を図っている。

化学は理学、工学、医学・薬学、農学分野などの学問分野のみならず、社会の様々なところにまで浸透しており、現在の生活は化学の大きな恩恵に浴している。それとともに、化学には物質の安全性や環境への影響に対する評価、また環境保護技術の開発をはじめ、人類や社会の持続性に配慮したより広範な展開が求められている。

(2)化学固有の特性

化学が対象とする物質群は、各種の気体分子、機能性有機・無機材料、半導体やナノ粒子、更にはタンパク質・核酸などに代表される生体高分子まで極めて多様である。また、物質の機能発現や材料の創製には、構成単位の化学構造のみならず、分子間相互作用や集合・組織化状態を制御することが有効であり、目的とする機能に適した組織構造を設計・構築することも化学の重要な特性である。更に、化学は、医療分野、農業分野、食品から地球規模のエネルギー問題、環境問題などと深く関わり、日常生活や産業活動に大きく寄与する。化学工学、工業化学的な展開と営為を介して、「持続可能な社会の構築」に向けた新しい科学技術や産業の発展の基盤として人類の繁栄と社会の進歩に貢献しうる。原子や分子に関わる化学法則は、自然現象を科学的に理解するために必要不可欠であり、化学は他の基礎科学分野や応用学術領域の基幹をなす。他の学問分野との協働を通して多くの社会的要請に応えることが可能である。

(3)化学を学ぶすべての学生が身につけることを目指すべき基本的な素養

化学の学びを通じて獲得すべきことの基本は、「物質」を科学的な視点で捉えることにある。物質の多様性を包括的に把握し物質の形態や振る舞いの基本的な仕組みを理解すること、測定法や解析方法を基礎原理に基づいて理解し物質の構造・機能を解明するために利用できる素養を培うこと、物質を有効かつ安全に利用するための知識や技能の基本を習得すること、更に物質の設計・合成並びに機能評価ができる実践力を身につけることが重要である。以上の観点から、本参照基準では、化学を専門としない者も含め,化学を学ぶすべての学生が身につけることを目指すべき基本的な素養として、1)物質の種類や形、性質などの科学的な見方、2)生物の構成要素や生命活動の分子やイオンを基本とした捉え方、3)他の自然科学(物理学、生物学、地球科学、天文学など)との関わり、4)人工物質を設計、創製するための化学反応、4)人類の歴史と化学との関係、6)環境、エネルギー、資源、医療、情報など人類の未来を支える化学、の6つを提示した。次に、それらの素養を得るために必要な化学の知識や理解項目を分類して18の事柄に整理した。これらの事柄の知識や理解と、6つの基本的な素養との関係、並びに大分類である物理化学、分析化学、無機化学、有機化学、生化学、あるいは純正化学、応用化学、化学工学との関係を明示した。

(4)学修方法及び学修成果の評価方法に関する基本的な考え方

化学の学びは、講義や書物を通して知識や理解を獲得するだけではなく、実験や実習、演習などによって行われる。特に課題研究などの能動的学修を通して、課題抽出能力、論理的思考力、課題解決能力、情報収集能力、解析力、判断力、創造力、発表力、議論する能力を身につけることができる。学修成果の評価は、それぞれの勉学方法の特性に応じて適切になされる必要がある。

(5)専門性と市民性を兼備するための教養教育

化学は歴史的に社会に種々の影響を与え、現代の快適な生活を支えている。一方、環境汚染問題など、負の効果をもたらした例も存在する。この様な場合の問題解決にも、化学の知識と技術の活用が有効なことが実証されている。大学の教養教育としての化学では、化学現象が電子構造により統一的に説明できることを定性的に理解させること、更に熱力学、化学反応論などの関連分野の現象の理解の基礎となる領域を教授することが望ましい。また、化学を専攻する学生に対しては、文章を正確に読みこなす力、記載内容を論理的に理解する力、自らの考えを表現する力の育成が不可欠である。社会の仕組みを学ぶ上で自然科学以外の教養教育や、境界領域の科学の基礎知識の取得も不可欠である。